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梅沢民雄・略歴

梅沢民雄 

1949年  北海道に生まれる

1980年  葛西四雄に指示

1981年  第34回示現会展初入選以降、連続入選

1983年  示現会 会友推挙

1986年  伊勢丹新宿本店にて個展

1987年  示現会 準会員推挙

1991年  多摩秀作美術展入選

1995年  フランス、ドイツ、オランダ 取材旅行

1998年  第30回 日展入選

2001年  示現会 会員推挙

2008年  示現会 委員推挙

在   示現会委員

全国百貨店、美術画廊にて、個展を中心に活躍中

海上ゆかり(猫)

海上ゆかり  略歴

田園調布双葉学園高校卒業

武蔵野美術短期大学卒業

アメリカ留学  ART STUDENTS LEAGUE

SCHOOL OF VISUAL ARTにてファインアートと版画を専攻

受賞歴―――――――――――――――――――――――――――――――――――

1996  多摩総合美術大賞                      佳作

1996  全日本アートサロン大賞                   入選

1997  サロンドボザール展                      入選

2006  第5回東京イラストレーションソサエテイー公募展    入選

2010  松涛美術館公募展                      優秀賞

2010 Nikke ピュアハートイラスト大賞              入選

2011  松涛美術館公募展                       入選

2011  中札内村北の大地ビエンナーレ             誌上入選

2013  中札内村北の大地ビエンナーレ               佳作

2014  東北の建築を描く展                      入選

個展――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1993  電通ADギャラリー(東京・築地)

1994  スージィギャラリー(神奈川・鎌倉)

1995  ギャラリーハマック(東京・青山)

1996  伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

1997  伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

      ギャラリーかめやま(横浜)

SWOギャラリー(東京・新宿)

1998  スージィギャラリー(神奈川・鎌倉)

      伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

1999  伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

      伊勢丹府中店(東京・府中)

2000  大丸東京店(東京)

      伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

2001  ギャルリカプリス(東京・恵比寿)

      伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

2002  大丸東京店(東京)

2004  伊勢丹浦和店(埼玉・浦和)

2005  大丸東京店(東京)

2006  ギャラリーモナ(東京・麻布十番)

2008  ギャラリーモナ(東京麻布十番)

2008  ルクスギャラリー(東京・京橋)   日本インドネシア友好年認定事業

2010  ギャラリーサテンドール(東京・吉祥寺)

グループ展――――――――――――――――――――――――――――――――― 

コネチカット(USA) ・ NYUSA) ・ サンフランシスコ(USA)

東京・神奈川・四国・北海道 等日本全国 大丸、伊勢丹、三越 東急 等百貨店 にて多数開催

その他―――――――――――――――――――――――――――――――――――

1998  朝日ウイークリーの連載小説のイラストを担当

1998  マリ・クレール 4月号にて インタビュー掲載

2007  電通報 風韻掲載

2008  ルクスギャラリーでの個展インドネシアの思い出が、日本インドネシア友好年事業に認定される。      

東山魁夷

         東山魁夷 略歴


1908

横浜市に生まれる。本名、新吉。
3
歳の時に一家で神戸に移住。父は船具商を営む。

1926

東京美術学校日本画科に入学。

1929

10回帝展に「山國の秋」が初入選。

1931

研究科に進み、結城素明に師事。

1933

研究科修了後、第1回日独文化交換学生に選ばれ、ベルリン大学哲学科に留学、美術史を学ぶ。

1937

35年に帰国後、初個展開催。

1939

日本画院第1回展に「冬日(3部作)」を出品、日本画院賞第1席受賞。

1947

3回日展で「残照」(東京国立近代美術館蔵)が特選を得る。

1956

「光昏」(日本芸術院蔵)により日本芸術院賞を受賞。

1965

日本芸術院会員となる。日展理事に就任。

1968

皇居新宮殿壁画「朝明けの潮」完成。

1969

毎日芸術大賞受賞、文化勲章受賞とともに、文化功労者となる。

1974

日展理事長となる。

1975

唐招提寺障壁画「山雲」「濤声」完成。

1976

ドイツ連邦共和国功労大十字勲章受賞。

1977

パリ、プチ・パレ美術館で唐招提寺展開かれる。

1979

東ベルリン、ライプチヒで展覧会開催。西ドイツ、プール・ル・メリット会員。

1986

18回日展に「溪音」を出品。
日本芸術院第1部長に選任。
作者所蔵の自作品を一括して長野県に寄贈することを決定。

1989年 

ベルリン・ハンブルグ・ウィーンで展覧会、同帰国記念展(日本経済新聞社主催)を日本橋高島屋で開催。

1990

大嘗祭の大餐の儀に使用された「悠紀地方屏風」制作。
長野県信濃美術館・東山魁夷館開館。

1991

<わが旅の道>展開催。(神戸・京都・大阪・東京大丸を巡回)

1995年 

米寿記念展を東京・京都・長野にて開催。

1997

<卒寿を迎えて――「私の森」>展開催(神戸・福岡)。

1998

長野オリンピック開催に合わせて、<人と自然そして祈り in Japan>展開催(長野)

1999年 

東京で歿。享年90歳。

竹久夢二の略歴




 竹久夢二は、明治末から昭和初期にかけて活躍、一世を風靡した詩画人です。大正の歌麿とも言われているように、その作品には市井のくらしに根付いた喜びや悲しみが表わされ、一世紀に近い時を経た今も人々の心を魅了します。美人画はもちろん、子供画や晩年は日本の山河を多く主題としました。 また、木版画の制作、楽譜や表紙装幀にも携わり、浴衣・半襟・手拭いなど日々の生活に用いるもののデザインにも情熱を注ぎ、日本のグラフィックデザイナーの先駆者として多くの素晴らしい作品を残しました。

明治17

916日岡山県邑久郡本庄村に生まれる。本名 茂次郎

明治32

神戸中学に入学。12月同校中退

明治33

福岡県遠賀郡八幡村大字枝光に転籍 

明治35

早稲田実業学校に入学

明治38

「直言」にコマ絵掲載される 「中学世界」に筒井筒が第一賞入選

明治42

最初の著作「夢二画集・春の巻」発行 ベストセラーとなる

大正1

京都府立図書館において第1回夢二作品展覧会開催

大正7

京都府立図書館において第2回竹久夢二抒情画展覧会

昭和6

アメリカ・ヨーロッパへ旅立つ(昭和8年帰国)

昭和9

91日富士見高原療養所で50歳の生涯を閉じ、有島生馬氏らにより雑司ケ谷墓地に埋葬される



中原淳一



中原 淳一(なかはら じゅんいち、1913年(大正2年)216 - 1983年(昭和58年)419日)は、画家、ファッションデザイナー、編集者、イラストレーター、人形作家。妻は宝塚歌劇団元男役トップスターの葦原邦子。長男は画家の中原洲一。姪はシャンソン歌手の中原美紗緒。美紗緒の長男は映画監督の室希太郎。孫は俳優・声優の加古臨王。

幼少の時より絵や造形に才能を示し、18歳の時、趣味で作ったフランス人形が認められ東京の百貨店で個展を開催。それがきっかけで雑誌『少女の友』の挿絵、口絵、表紙絵、付録等を手掛けるようになり、一世を風靡する人気画家となる。

終戦後は、女性に夢と希望を与え、賢く美しい女性になってほしいとの理想に燃え、自分の雑誌『それいゆ』(1946年)『ひまわり』(1947年)『ジュニアそれいゆ』(1954年)『女の部屋』(1970年)を相続いて創刊。

編集長として女性誌の基礎を作っただけでなく画家、ファッションデザイナー、スタイリスト、インテリアデザイナー。人形作家など多彩な才能を発揮。その全ての分野において現代につながる先駆的な存在となる。

昭和30年代半ば、病に倒れ、長い療養生活の後、70才にて逝去。

2000年(平成12年)に山梨県河口湖に中原淳一美術館が開館。のちに閉館。

シャガール


マルク・シャガール 略歴


1887年  ヴィテブスク生まれ。両親はユダヤ人。  

1907年  ペテルスブルク美術学校で学ぶ。

1910年  13年以後詩人ブレーズ・サンドラール、マックスシヤコブをはじめレジェ、モジリアーニ、ドローネなどの画家と知り、アポリネールと親交を結び、アンデパンダン展に出品。

1914年  ベルリンで初個展。初期作品は印象派風だったが、ピカソを知り立体派に感化される。

1917年  革命後の故郷で美術人民委員に選ばれたが、マーレヴィッチとの不和でパリに戻る。やがて、明るさと思索性、神秘性をあわせたシュールレアリスム作風を確立。

1922年   ベルリンへ寄り、版画家ヘルマン・シュトックを知り、銅版画技法を習得。同年最初の銅版画「わが生涯」を出版者カッシラーの依頼で制作。

1923年  パリへ渡る。ヴォラールの依頼によりゴーゴリーの「死せる魂」及びラ・フォンテーヌの「寓話」の銅版画を制作。

1931年  ヴォラールの依頼で壮大な主題「バイブル」に取り組むためパレスチナへ旅行。

1939年  カーネギー賞受賞。

1945年  ニューヨーク近代美術館及びシカゴ・アート・インティテュートで回顧展開催。

1948年  カラー石版画「アラビアンナイト」発表。ヴェニス第25回ビエンナーレ版画賞受賞。

1954年  ギリシャへ旅行。カラー石版画「ダフニスとクロエ」の仕事開始。

1956年  サーカスをテーマに石版画を制作。銅版画「バイブル」を発表。

1958年  「デッサンバイブル」カラー石版画25点制作。(60年発表)

1963年  パリ・オペラ座の天井画制作。東京、京都で大回顧展開催。

1965年  カラー石版画「エクソダス」制作。

1967年  生誕80周年を記念チューリッヒ、ケルンで大回顧展開催。ルーブル美術館で「聖書の使命」展開く。

1976年  東京国立近代美術館で個展を開く。

1985年  死去。

「色彩の魔術師」といわれる豊麗な色、空中を浮遊する超現実的幻想、詩情などで独自の世界を展開。
銅板、リトグラフによる多数の挿画本、版画を制作。世界画壇の最高峰として市場人気が高い。








工藤静香

 

          工藤静香 略歴

工藤 静香(くどう しずか、1970414 - )は、日本の歌手、女優、タレント、宝飾デザイナー、画家。本名: 木村 静香(旧姓: 工藤)。元おニャン子クラブのメンバーである。夫は木村拓哉(SMAP)。東京都西多摩郡羽村町(現・羽村市)出身。東京都立板橋高等学校→日本音楽高等学校・編入・中退。血液型B型。愛称:しーちゃん、しずちゃん。「愛絵理」(あえり)名で作詞をしている。

ソロデビュー以降  『夕やけニャンニャン』最終回放映日の1987831日に発売となったシングル「禁断のテレパシー」でソロデビュー。以後ヒット曲を連発し、1980年代後半から1990年代前半を代表する女性歌手の一人となり、また浅香唯・中山美穂・南野陽子らと共に「アイドル四天王」とも呼ばれた。おニャン子関連の曲もしくはおニャン子出身者の曲で、TBS系『ザ・ベストテン』第1位を獲得したのは工藤静香ただ一人である。1988年の910月に同番組で「MUGO・ん…色っぽい」で初の1位を獲得、同年の年間ランキングでも6位に入った。また、同年に発売されたミニアルバム『カレリア』では、「愛絵理」ネームで作詞をする。以降も作詞の際はこの名前を使用。「愛絵理」は両親が命名の際に第1候補として考えていた名前である。翌1989年は「恋一夜」「嵐の素顔」「黄砂に吹かれて」と50万枚以上の大ヒットを連発し、その年のシングル年間ランキング上位10曲の中に3曲全てが入った。特に「黄砂に吹かれて」は、オリコン6週連続1位の記録を持っている。またこの曲で『ザ・ベストテン』最終回の1位を飾った(歌詞を数ヶ所間違えるハプニングがあった)。1994320日に発売されたシングル「Blue Rose」ではソロデビューから全ての楽曲(本人作曲を除く)を提供していた後藤次利と離れ、セルフプロデュースを展開。作詞はほとんど本人が担当し、都志見隆、松本俊明等の作曲家が参加。198710月から5クール(13ヶ月)連続でドラマ出演するなど女優としても活躍する他、画家として二科展に14回の入賞実績がある。(14回目の入選は「30代では極めて異例」と二科展も驚くほどの快挙である)。

バラエティ番組でも『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』にセミレギュラー出演等活躍。特に1988年のTBS系列ドラマ『時間ですよ たびたび』で共演して以来、とんねるずとの共演が多い。1997年に石橋貴明とユニット「Little Kiss」を結成してシングル「A.S.A.P.」を発売。音楽番組で歌唱中に実際にキスするパフォーマンスがあった。石橋からは「姫」と呼ばれている。 20002002年、YOSHIKIが主宰するレコード会社「EXTASY RECORDS」に所属。

結婚現在  200011月、SMAPの木村拓哉と結婚(当時妊娠4ヶ月)。

200151日に長女「心美(ここみ)」と、200325日に次女「光希(みつき)」を出産したことで音楽活動からは遠ざかっていたが、2005216日に久々のシングル「Lotus生まれし花」の発売を期に、古巣であるレコード会社「ポニーキャニオン」に復帰した。

2004年にラスベガスにて自身がデザイン・プロデュースする宝飾ブランド「TREASURE IIII」を発表。日本でなく海外で発表したのは、「工藤静香」の名前のみが注目されデザインが適切に評価されないことを避けるためであった。2007523日には「雨夜の月に」をリリース。「Lotus生まれし花」以来、久々に自身による作詞のシングル曲となった(フジテレビ系ドラマ『麗わしき鬼』主題歌にもなった)。

2007831日には、ソロ・デビュー20周年を迎えた。それを記念してベストアルバム『Shizuka Kudo 20th Anniversary the Best』、10枚組DVDShizuka Kudo THE LIVE DVD COMPLETE BOX』(19881999年のライヴ映像の集成)を発売し、東京と大阪でライヴを開催。本人が気に入っているにしおかすみこのモノマネや、観客のリクエストに答えて「かたつむりサンバ」の一節を披露する場面がテレビで報じられた。東京ライヴの模様のダイジェストは、シングルのカップリング曲を集めた作品集『20th Anniversary B-side collection』(200835日)の初回限定生産盤の付属DVDに収録されている。

ミロ


ジョアン・ミロ Joan Miró i Ferrà

ジュアン・ミロー・イ・ファラー,

1893420 - 19831225日)は、20世紀のスペインの画家。カタルーニャ地方の出身。かつてスペインではカスティーリャ語以外の言語は公的には禁止されていたので(フランコ体制下)、カスティーリャ語式の読みでホアン・ミロと書かれることもしばしばある。独裁者フランコの死去(1975年)以降、地方語は復権され、現在言語正常化の途上にある。現在ではカタルーニャ語の原音を尊重して「ジョアン・ミロ」または「ジュアン・ミロ」と表記するのが通例である。

ミロはパリでシュルレアリスムの運動に参加したことから、シュルレアリストに分類されるのが通例だが、ミロの描く人物、鳥などを激しくデフォルメした有機的な形態、原色を基調にした激しい色使い、あふれる生命感などは、古典的・写実的描法を用いることが多い他のシュルレアリストの作風とは全く異なり、20世紀美術に独自の地位を築いている。

ミロは1893年、スペイン、カタルーニャ地方の中心都市、バルセロナに生まれた。ちなみに、ガウディ、ダリもカタルーニャの出身である。

ミロは1911年、18歳の時、うつ病と腸チフスを患い、療養のためカタルーニャのモンロッチという村に滞在した。このモンロッチの村の環境がミロの芸術に大きな影響を与えたようである。

彼はこの頃から画家を目ざすようになり、翌1912年、バルセロナの美術学校に入学した。1919年にはパリに出、この頃からモンロッチとパリを往復しつつ制作するようになる。

パリではピカソら芸術家とも知り合い、また、シュルレアリスム運動の主唱者であるアンドレ・ブルトンと出会う。

ミロの作風は同じシュルレアリストでもマグリットやダリらの古典的・写実的描写法とは全く異なる自由奔放なものであるが、ブルトンは、こうしたミロの絵画こそが真のシュルレアリスムであるとして共鳴し、ミロはシュルレアリストのグループに迎え入れられることとなった。

ミロは「画家」という肩書きにこだわって狭い世界に閉じこもることを嫌い、パリでは作家のヘミングウェイやヘンリー・ミラーなどとも交流があった。

1930年代からはバルセロナ、パリ、マリョルカ島(スペイン領)のパルマ・デ・マヨルカにアトリエを持ち制作した。1944年からは陶器や彫刻の制作を始め、作品の幅を広げていく。

1956年にはパルマに大規模なアトリエを造り、作品の規模も大きくなっていく。また、このアトリエでは絵画以外の分野の職人との共同制作を行い、陶器、壁画、彫刻などを次々と生み出した。

晩年にはコンクリート製の大型彫刻や壁画などのパブリック・アートの大作を数多く残している。

1970年には日本万国博覧会(大阪万博)のガス館に陶板壁画『無垢の笑い』を制作するため来日した。

1983年、アトリエのあるパルマで老衰のため死去した。

愛知県美術館には「絵画」(1925)が、福岡市美術館には「ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子」(1945)が、岐阜県美術館には「人と月」(1950)が、富山県立近代美術館には「パイプを吸う男」が収蔵されている

和代人平(猫)


和代人平 略歴

オイルパステル画、パフォーマンスアート等幅広く作家活動を続けるアーティスト。

10年間デザイナー/アートディレクターとして広告制作に携わった後、1987年の初個展を期にイラストレーターとして独立。

1988年、オイルパステルと出会い、以後オイルパステル画を中心に創作活動を行う。

1993年オーストラリア建国200周年企画展では、日本を代表してオーストラリア画家ジョアンフック、ビギビラと合同展を開催。

現在日本で唯一のオイルパステル画家である。

【光り絵】

· 青山スパイラルガーデン

· パフォーマンススペース・オーアストラリア/シドニー

· 横浜華僑キリスト教会

· ブッダ聖誕祭・インド/バンガロール

· ヘアースプラッシュ2003・東京/仙台/札幌

· アディダスジャパン・1周年

· 芦田淳・JYN ASIDA2007 春夏コレクション

· 屋敷豪太氏コラボレーション

·  RED RIBBON LIVE 2008

·  GLAY15thシングル「春までは」プロモーションビデオ

· 大阪青年会議所世界大会

·  NHK杯 国際フィギュアスケート競技大会パーティ

· 国際障害者センター ビッグ・アイ アートフェスティバル

· 白瀬日本南極探検隊100周年記念・南極フェア前夜祭

· 名古屋芸術大学祭

· 北九州産業医学大学・骨髄バンク・チァリティ・コンサート

·  GLAYアリーナ・ツアー「ホワイト・ロード」の背景

· 埼玉アリーナ「アポロジャイズ」の背景

·  FIFA(国際サッカー連盟)主催サッカー大会『FIFA Club World Cup 2012

· 他多数

TV出演】

フジテレビ 「ベストハウス123

フジテレビ 「クイズ・ヘキサゴン」

日本テレビ 「世界一のSHOWタイム」

日本テレビ 「昼の情報番組「ヒルナンデス」生出演」

TBSテレビ 「はなまるマーケット/オンリーワン」

TBSテレビ 「世界衝撃映像 特番」

テレビ東京 「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」

テレビ東京 「世界を変える100人の日本人」

アンビリバボー

テレビ東京「ありえねえ達人スペシャル」

クイズヘキサゴン(フジテレビジョン)

「ヒルナンデス!」日本テレビ

「ネプ&イモトの世界番付SP」日テレ特番

「石井竜也のショータイム」NHK BSプレミアム

若手ディレクターと石橋貴明の土曜の三回(TBS)

世界衝撃映像(TBS

ブレンダキング(猫)


ブレンダ キング Brenda King

イギリス、カンブレアに生まれる。

ランカスター大学美術学科を卒業後、ロイヤルアカデミーにて1954年から1957年まで学ぶ。

ロンドン・リバティーのデザイナーを経た後、画家としての道を歩み、活躍している。

王立アカデミー展への参加等、ロンドン、イングランドを中心にイギリスで活躍しているが、フランスでも高く評価されている。

作家ジェレミー・キングの妻。

雨田光弘(猫)


 雨田光弘・略歴


雨田 光弘(あまだ みつひろ、1935 - )は、東京都出身のチェリスト、画家。

彫刻家であり箏曲家・ハープ奏者でもある雨田光平の次男として生まれる。

父の影響で幼少時より絵画と音楽に親しみ、「絵描きになりたかったら、表現の幅を広げるために音楽も学ぶように」と育てられる。

小学校時代は身の回りの音が出そうなものを手当たり次第、笛にして遊ぶ子どもだった。

チェロを鈴木聡に学び、桐朋学園に入学。

卒業後は日本フィルハーモニー交響楽団に入団、首席チェロ奏者も務める。室内楽をルイ・グレーラーに師事する。

現在はソロ・室内楽奏者として活躍する。

絵は3歳ころから描き始め、父・光平より指導を受けた。

画家としては、楽器を弾くネコや動物などを描く「音楽とあそぶネコたち」のモチーフが最も知られる。

水墨画に水彩で彩色された作品の数々は、1980年代以降、多くの絵本やカレンダー、文具などのグッズにもなり、熱烈なファンを獲得。

その作風は国内・海外ともに多くの著名演奏家や音楽愛好家にも愛され、ネコ好きにはたまらない魅力の作品を描き続けている。

東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターとして活躍したヴァイオリニストの夏目純一(夏目漱石の長男)は母方の叔父に、その長男で漫画批評家、漫画家、エッセイストの夏目房之介は従弟にあたる。

秋山巌(猫)


秋山 巌 略歴


あきやま いわお、1921321 - 2014915


日本の版画家。 大分県竹田市出身。


1953年に太平洋美術学校卒業後、棟方志功、布施悌次郎、坂本繁二郎に師事。


その後、独学で民俗学・仏教学・俳詩・陶芸・彫刻・水墨画を学ぶ。


1966年より、駐日アメリカ合衆国大使館主催によるCWAJ現代版画展に招待され、作品を出品している。

 

2014915日(93歳没)


フクロウをはじめとする動物や民話、種田山頭火の俳句などを題材とした木版画や肉筆画作品を多数発表した。


日本美術家連盟会員。

アンドリュープライス(英風景)


アンドリュー・プライス(Andrew Price)

1955   英国ブリストル市に生まれる

1975   ウエストイングランド大学でファインアートを学ぶ

1979年   同校卒業、絵画制作を始める

1979   英国アカデミー・ロイヤルウエスト展に初出展

1984   ニューヨークアートエキスポ出展

1987   第17回インターナショナルビェンナーレ出展(ユーゴスラビア)

1988   カンサス州立大学の招待で個展(アメリカ)

1989   第5回インターナツィオナーレ出展(スペイン)

1990   東京ベイ・ヒルトンホテルで初の来日展を開催

1991年~2010  世界各国の有名百貨店・画廊・ 公館等で定期的に個展を開

     催、好評を博す

1998   ブリストル市でアートスクールを開校、校長として若手の育成にあ

     たり現在に至る

パティニック(パリ風景)

    


   クロアチアに生まれる。


   哲学科を卒業後1965年パリに出る。


   1981年 現代作家展 第一位


   1982年 アルル絵画展 第一位


   パリを中心に多くの有名画廊にて個展を開催


   サロン・デ・アンデパンダン、サロン・ドートンヌに参加。


   スタイリッシュな画風と、温かみのある色彩のバランスが

   絶妙な味わいを醸し出し、ファン層を獲得している。

デペルト(ゴルフ場)

 デペルト Jacques Deperthes


1936  フランス、シューレンヌに生まれる。

サント・エティエンヌ国立芸術大学、およびジュネーブ装飾美術学校に

学ぶ。

1960  ジュネーブのユニオン・ド・バンク・スイスの壁画制作。

1961年  この頃から、ジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴ、東京な

     どで個展を開催。

 国際的に作家活動を展開する。

1965  フランス政府給費留学生としてイタリアに滞在。

1976  東京・大阪にて個展。

1984年  11月、ビジョンヌーベルの招きで来日。

1986  二度目の来日。


ジュネーブ市主催「演劇と演奏」会の舞台装置を制作 。

作品はパリ市立近代美術館、ジュネーブ市立美術史博物館、鎌倉市立近代美術館等に収蔵されている。

ロビック(庭園)

 ロビック  Raphael  ROBIC


  1960年 パリ郊外のナンテール市に生まれる。


      エコール・デ・ザールを卒業後、装飾高等学校に学ぶ。


  1984年 この時期から活発に個展活動を開催。


  1987年 ニューヨーク、パリ、ジュネーブ等のアートエキスポに参加。


  1988年 フランス新進作家展にて銀賞を受賞。


  1989年 ナント市風景画展にて第一位を受賞。


  明るいイメージで庭園や自然の風景を描くことで定評があります。

ジェレミーキング(パリ)


ジェレミー・キング Jeremy KING


19339月 イギリスに生まれる。

1950年 ランカスター美術学校。

1957年 ロンドン大学美術院

1960年 王立美術院にて初個展

その後、イギリスを始め、アメリカ・フランス・ドイツ等の各国で展覧会が開かれており、多くの美術館・法人にその作品は収蔵されている。

現在女流画家である妻ブレンダ・キングと共にイギリス南西部の線とアイヴィスに住んでいる。

イギリスアカデミー会員。

ロンドンの名門画廊クリティーズの契約作家

ラフルスキー(パリ)


ラフルスキー  Rolf  RAFFLESKI


1943年 西ドイツのハナウマインに生まれる。ポーランド国籍。16歳で初の個

       展を開く。

1961年までパウナ美術アカデミー及び、フランクフルトのグラフィック美術学

       校に学ぶ。

1960年 若き画家や、美術愛好家の集まるモンマルトルで6年間街頭風景を描き

        続ける。

1968年 リトグラフ制作活動に入る。

1965年から現在に至るまで、パリを中心に数々の個展を開催、注目される若き

        画家の一人であり、彼の作品は多くの美術館に所蔵されている。

                 美しい繊細な線が魅力の画家として、幅広く活躍している。

キャンビエ(パリ)


キャンビエ  PierreEugene Cambier


1914年 パリ郊外、モントレイユに生まれる。

1934年 パリARCスクールにて、絵画を学ぶ。

1941年 ファシルデザイン学校で教える。

1955年 パリ・サントーレのアーバンギャラリーと専属契約を結び、多くの個展を開催。

           サロン・ドートンヌ及び,サロン・デ・アンドパンタン会員。


           パリ・ブルターニュ・プロバンス及び、ベニスの風景を主なる画題として

           世界各国で活躍中。


           安定した描写力と重厚感漂う画風が多くのファンを獲得している

ウシエ(パリ)


ウシエ - Urbain HUCHET


1930年            フランスのレンヌに生まれる。

        当初、法律学を学び実業界に入るが、芸術に対する

      情熱・ほとばしる創作意欲に抗し難く、多くの芸術家が

      集まるポンタヴァンへ移る。

1960年        ポンタヴァンで初の個展を開催。

      以降パリ国立美術サロン展に積極的に作品を出品。

1961年        パリのオトン・フリーズ賞候補となる。

1963年        クラブ・シグナチュール賞候補となる。


明るい彩色とリズミカルな動きで、パリの名所や賑わいを爽やかに描くことで人気の

画家です。油彩画はもちろんリトグラフの制作にも力を入れています。

山中翔之郎(猫)


山中翔之郎 略歴


1955年  東京 八丁堀に生まれる。

1977年  この頃パステルと出会う

1980年  早稲田大学第一文学部を卒業、国際亜細亜  

       現代美術展入選

1989年  病気療養を機に身近な猫を描き始め回復と

       共に本格的な創作活動に入る

1999年  2月「黒猫展」(銀座ボザール・ミュー)に

       初出品。 以後、毎年出品。

9月 フジTV系「ペット百科」に出演。

12 「創作市場・続 ねこに遊ぶ」(マリア

       書房刊)に掲載される。

4月 作品展(京都 Gallery & Shop 創作市場)

   7月 作品展「パステルで描く」Cats & Dogs」 

          (聖路加画廊)以後毎年開催。

2005年1月 初の絵本『うさぎのユック』(原作 絵門

            ゆう子、金の星社刊)出版

3 『うさぎのユック』原画展(ギャラリー仙川)

7月・11月 「絵とおしゃべりと音楽」  

             1・2(青少年音楽協会)

      ヴァイオリン・ピアノとのコラボレーションによる初のトーク      

      ショーに挑戦。

5月・11月 「絵とおしゃべりと音楽」3・4

5月 イタリアンレストラン “コスタ・サリーチ”にて作品展

猫・犬・その他動物をテーマにした独自の技法によるパステル画を多数発表。 ペットの肖像画の依頼も多く、未だ麻痺の残る右手から描き出される作品の数々は、多くの人に安らぎと感動を与え続けている。 2004年には初の絵本制作に取り組み、更に、自らの作品と語りに演奏家による生音楽をプラスした新たなライブ活動にも意欲を燃やしている。猫、犬などペットの肖像画も好評を得ており、その数は既に200点を超えている。

足立一夫(信州)


      足立一夫 略歴


1939年  栃木県に生まれる


1980年  第33回示現会入選


       日本風景美展銀賞受賞


1981年  一水会展初入選(以降毎年入選)


1986年  一水会展佳作賞受賞


1987年  日展初入選(以降入選6回)


1999年~全国百貨店画廊等にて個展開催


現 在   一水会会友


     小県郡青木村にアトリエを構える

      師  足立真一郎 (父)

坂本直美(猫)


坂本直美 略歴


1947年 富山県魚津市に生まれる

1988年 東京セントラル美術館日本画大賞展

1990年 東京セントラル美術館日本画大賞展

    上野の森美術館大賞展

1991年 船橋そごう個展  ’92’93’94

1992年 新宿京王個展 ’93’94

1994年 千葉そごう個展 ’95’96‘97’98

1995年 ギャラリー川野個展 ’96’97

      銀座松屋個展 ’96’97’98

     その他、全国の百貨店、ギャラリーで個展

志村好子(花・仏、伊)


志村好子 略歴

1940年  東京都世田谷区に生まれる。

1965  斉藤三郎先生に師事する。

1988年~1995年 ヨーロッパ取材旅行 

フランンス・イタリア・スイス等をれ、

明るい色彩で風景を描く。

繊細緻密なタッチで生き生きとした花や風景を描き

好評を得る。

全国の百貨店画廊で個展開催。

水戸京成、川越丸広、大宮そごう、

葉三越、 松戸伊勢丹、 他。

現在、無所属、茨城県在住。

  ★ 当時の取材旅行の写真です!!★

志村・写真・1

楽しそうですね。

志村・写真・3

真剣に描いてまーす。

志村・写真・10

ベネチアにて。

志村・写真・3

描くことが生きがいです。

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